1. ゆめにっき
2004年に公開された知る人ぞ知るフリーゲーム、「ゆめにっき」のノベライズ版です。
原作はネット上で無料公開されており、いまでも遊ぶことができます。また、小説版である本作をはじめメディアミックスも盛んであり、漫画版やイメージ音楽、各種グッズも販売されているほか、最近では原作リメイクのゲームも発売されたようです。
私も原作ファンであり、個人開発のフリーゲームながら根強い人気があるのは嬉しいのですが、この小説版に限っては残念だというのが正直な感想です。あの「ゆめにっき」が誇る、他の娯楽作品にない特徴をあまりにも簡単に捨て去ってしまっています。
2. あらすじ
あなたは小さな部屋に立っている。薄暗い、寂しい小部屋の中で、あなたはベッドに潜って眠りにつく。
すると、目の前に広がっているのは不気味で混沌とした夢の世界。
恐怖さえ感じる精神世界の中を、あなたは彷徨い、様々な発見を通してこの世界の断片を垣間見ることになる......。
3. 感想
あらすじといったってこうとしか書けないのが原作「ゆめにっき」であり、この小説もまたこのような形式で始まります。
というより、見事この形式で始めてくれてものだ、というのが読み始めの感想でした。二人称で書くことにより、主人公である「窓つき」という少女を操作しながら夢の世界を探索する原作の感覚を上手く再現していると感嘆したものです。パソコンの前に自分がいることにも自覚的であり、キーボードを通じてゲームの中の少女を操作していることにも自覚的であるのに、なぜかその世界観に没入してしまう感覚を巧みに表現しているといえます。
神の視点(客観的な・俯瞰的な視点)から少女の行動を観察するこの文体では、少女の内心、つまり、不気味で不思議な世界への詳細な感想はいちいち描かれず、ただその行動が淡々と文字に表されるだけです。原作も同様に、この世界についての詳細な説明は一切なされず、名状しがたい独特の世界が、まさに名状しがたさそのままの迫力でプレイヤーを追い込みます。本当に夢の中を歩いているような、自分が自分を操っているのに、操られているその自分を天から見る自分もいるような、そして、一部の感覚はあるのに一部の感覚はなく、判断力はあるのに普段の自分とは全く異なる判断をして動く自分を見つめているような、そんな状態に、覚醒していながら陥らせてくれるのです。まさに夢中になってしまうゲームなのです。
ただ、第二章以降、本書の視点は一人称となり、第一章で「あなた」とされた「窓つき」を追いかける別の少女の物語が展開されます。原作では「ポニ子」にあたる人物だと思われるのですが、この話が本当に面白くないのです。しかも、ユングやフロイトの「夢」についての分析がくどくどと説明されるのが煩わしく、進行を妨げています。「ユング」や「フロイト」のような現実的固有名詞が出てきてしまう(「インド」まで出てきます!)ことで異世界感が大きく削がれてしまいますし、あえて説明しないことで不気味さを増し、解釈の幅を広げていた原作(それでいて面白い解釈の「材料」はしっかり提供されています)の「語らずの語り」の良さを完全に削いでいます。
種明かしとなる第三章も不要です。問題を「解決」するために行われるお医者さんの問診などこの「ゆめにっき」には不要なのです。誰にも触れられない/触れて欲しくない心の中、触れて欲しくないと思ってしまうような記憶を安易に「解決」する方向にもっていくなどこの作品においては言語道断のはずです。そういった、誰にも打ち明けられない、誰にも包みこんでもらえなかった、「負」を閉じ込めたような少女の内的な世界をただ彷徨い、恐怖に駆られることが原作の醍醐味であったのに、それをさらに発展させるばかりか完全に滅却してしまっています。
4. 結論
非常に稚拙な作品だと言わざるを得ません。第一章のみ、惜しい部分として読む価値がありますが、他の部分の悪さがその良さを大きく下回っていて、台無しになっています。
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